「いじめに負けない!」

苦しみの向こうにハッピーエンドが待っている

仏の教えを信じて耐えぬいたわが子

 

辛い思いをしながら、仏を信じ、信仰心をもって

いじめに立ち向かった親子の体験談です。

 

矢沢 孝子さん(仮名) 知美さん(仮名)

 



 

駅の駐輪場での出来事

 

知美(仮名)がいじめに遭っていると私が知ったのは、最初のいじめがあってから半年も経った頃でした。

 

その間、娘は一人でいじめに耐えていました。いじめは、五年生になってすぐに始まったようです。

 

 

その日知美は、新しくクラスメートになったYさんから「今日、一緒に帰らない?」と誘われ、喜んで一緒に帰りました。

 

しかし、学校近くの駅の駐輪場まで来たときです。突然、知美の頬にその子のビンタがとんできたのです。

驚きのあまり、何が起こったか理解できない知美は、気が動転したまま、「私、塾があるから。」と言って家に向かって走り出しました。

 

「あら知美、頬が赤いわね。どうしたの?」

 

事情を知らずに問いかける私に、「何でもない。」と言って、知美は部屋にこもってしまいました。

 

 突然の暴力に混乱して何も考えられなくなり、

 

(何で……何で……。)

 

と、心の中でくり返していたそうです。

 

 

教室を舞う自由帳

 

最初に受けた暴力の衝撃は、五年生の娘には、あまりにも大きなものでした。

 

知美は、ぎこちなくYさんを避けながら、学校生活を送っていました。そんなある日の休み時間、クラスのリーダー格のFさんがやってきて、ひょいっと知美の自由帳を取り上げました。

 

「返して!」と手を伸ばしますが、Fさんは「はい、パース!」と言って、別の女の子に自由帳を投げ渡します。

 

Fさんと女の子の間で、自由帳の投げ合いが続きます。

 

「なんでそんなことするのよ!」

 

泣きながら怒る知美を、二人はいじわるく笑って見ていたそうです。

 

 

机の上の物がなくなる

 

 F さんは、クラスでも目立つ女の子で、いつもリーダーシップを発揮し、担任にも信頼されていました。しかし、先生たちに隠れたところで、いじめのボスとしても君臨していたのです。Yさんの突然のビンタも、実はFさんに言われてやったことでした。

 

自由帳の一件以来、たびたび知美の机の上の物がなくなるようになりました。次の授業のために用意しておいた教材や、プリント、給食袋などが、これから使おうというときになると、なくなっています。

そして、帰ろうとすると、Fさんたちから投げ返されるのです。

 

物隠しのいじめは次第にエスカレートし、やがて毎日くり返されるようになりました。

 

しかし、家では何事もないように明るくふるまっている娘の姿に、私は、追い詰められていく知美の気持ちを察してやることができませんでした。

 

 

信仰心と、友だちと

 

いじめを受け続ける知美のストレスは、どんどん大きくなっていました。

 

Fさんの顔を見るたびにビクビクしてしまう娘。授業中、音読で当てられると、以前はすらすらと読めていたのに、何度も言葉に詰まります。注意力も散漫になって、本人も不思議に思うくらい宿

題を忘れるようになりました。

 

(毎日がつらい。くやしい。このまま、いじめはなくならないかもしれない……。)

 

 いじめのことで頭がいっぱいで、心も押し潰されそうな日々の中で、自殺の衝動に駆られることが何度かあったようです。

 

しかし、そのたびに、(ダメダメ。仏は、自殺をしてはいけないと教えてくださっている。自殺は絶対にダメ!)と、自分に言い聞かせたそうです。幼い頃から娘の中で育まれてきた信仰心が、娘の心と命を守り続けてくれていたのです。

 

 また、幸いなことに、知美を励ましてくれる友だちも三人いました。三人とも、Fさんが怖いので、正面きっていじめを止めに入ることはできませんでしたが、「ゴミ箱に捨てられてた知美のプリント、急いで拾っておいたよ。」「盗られた図書カード、見つけて元に戻しておいたからね。」と、陰で知美を支えてくれていました。

 

そんな日々が、一学期の間中続いたそうです。

 

「私、いじめられてます!」

 

二学期になっても、知美へのいじめは続きました。とうとうがまんできなくなった知美は、ホームルームの時間に、みんなに聞こえるような大きな声で言いました。

 

「私、いじめられてます!」

 

それは、がまん強い知美が、ようやく担任に向かって発信でき

たSOSでした。

しかし、担任は、まるで尋問のような厳しい口調で、あれこれと知美に聞いた後、

 

「お前にも悪いところがあるんじゃないのか。」

 

と娘だけを責めて、話を終わらせてしまいました。

そのときの担任の態度は、娘の心に深い傷となって残りました。

 

  塾の先生からの連絡やがて、知美の通う塾の先生からの電話で、私は事実を知ることになりました。

 

「知美さんと仲良しの子から聞いたのですが、知美さんは、学校でひどいいじめに遭っているそうです。

 

」「え、娘がですか!?

 

正直、予想もしなかったことでした。

 

校から帰った娘に「あなた、いじめられてたの!?」と問いただすと、ようやく娘は話してくれました。

 

「何で黙っていたの。」

 

「お父さんやお母さんに告げ口したとわかったら、もっとひどいいじめに遭う気がしたから……。」

 

私は、今まで一人で耐えてきた娘の小さな手を、強く握りしめました。

 

「大丈夫だからね。お母さんが必ず何とかするからね。」

 

 

担任の本音

 

私はすぐに、幸福の科学で一緒に仏法真理を学んでいる先輩ママに相談しました。

 

すると、「知美ちゃんが悪いわけじゃないわよ! 知美ちゃんは、善悪をきちんとわきまえて、悪いことには絶対に手を貸さないでしょ。いじめのボスのような子にとっては、いちばん煙たい存在かもしれないわね。」と言って励ましてくれました。

 

また、もう一人親身に相談に乗ってくれる法友がいて、「担任の先生に話しをしましょう。私も一緒に行ってあげるから。」と言ってくれました。

 

 私は、彼女と二人で学校へ行き、担任に会っていじめの事実を訴えました。しかし……。

 

「そうは言ってもですね、Fさんはうちのクラスのリーダーで、教室をうまくまとめていくための中心的な役割のお子さんでして……。証拠もなしに彼女の親御さんにどうこう言うことはできませんね。」

 

これが担任の本音なのかと落胆しました。

結局、苦しんでいる娘の気持ちなど何も考えず、自分のクラス運営の都合だけしか考えていないのです。

 

私は、家族で何とかするしかないと決意しました。仏の教えを信じて私は、娘にいろいろないじめ撃退のアドバイスをしました。

 

「机の上に出しておいた物を盗られるようだから、いつも引き出しにきちんとしまっておこうね。」

「授業中は、校長先生がいつでも横に立っているつもりで、背筋をピンと伸ばしていなさい。凛とした空気を出していれば、いじめを寄せ付けなくなるから。」

 

こうした工夫が効いたのか、物隠しが少しずつ減ってきました。

 

しかし、半年以上に及ぶいじめで深く傷ついていた娘は、まだビクビクしながら毎日を送っていました。その間、知美の心の支えになったのは、幸福の科学の精舎での子ども向け研修や、支部での『ヘルメス・エンゼルズ』学習会でした。

光の仲間とともに行事に参加するたびに、知美の元気が少しずつよみがえってきます。

 

「今は苦しくても、きっと幸せな未来がくる。」

 

知美は、仏の教えを信じて耐え続けました。そして、家族の顔、仲良しの友だちの顔、いじめるFさんたちの顔を思い浮かべながら、「どうか、みんなにとって幸せな未来がきますように。」と、祈り続けました。

 

 

パリッとしたスーツで

 

ある日、私はPTAの友だちから、「Fさんは、どうやら大人に弱いらしい。」という話を聞いて、妙案が浮かびました。

 

「お父さん、明日の参観日にはあなたが行ってください。パリッとしたスーツできめて、ニコリともしないで教室の後ろに立っていてくださいね。」

 

言葉通り仁王立ちしていた主人は、参観が終わるや否や、教室の狭い机の間を進み出て、知美の横に立つと、力強くニッコリと笑いました。

主人の迫力ある姿の効果は大きかったようで、参観の後、Fさんが小さな声で、「あれ、知美のお父さん?」とたずねてきたそうです。

  

 

学校がいじめ問題解決に乗り出す

 

様々ないじめ対策が功を奏して、秋も終わる頃、ついに知美へのいじめはなくなりました。

しかし、次には、知美を支えてくれた友だちの由佳ちゃんがいじめの標的にされてしまいました。彼女は、すぐに親に相談したらしく、いじめが始まって間もなく、授業の最中にご両親が揃って学校へ来ました。

 

「あそこの両親の迫力に、Fさんもびびって、その日から由佳ちゃんへのいじめをやめたよ。」また同じ頃、男の子のいじめグループのボスが、クラスメートの耳を殴ってけがをさせました。親御さんは、担任ではらちが明かないからと、直接校長先生に告発しました。

 

そして、とうとう学校が、いじめ問題解決に乗り出したのです。

校長先生と教頭先生は、授業中も休み時間も、率先して校内を見回ってくれるようになりました。いじめをした児童への直接の指導も行われました。もともと、大人の前では「いい子」でふるまっていたFさんも、いじめ行為の数々を先生方に知られ、おとなしくなったようです。

 

五年の担任は、通常なら六年進級時も持ち上がりますが、いじめを放置したこの先生は担任を外され、赴任してきてわずか一年で、また他校へ異動になりました。代わって六年の担任になった先生は、いじめや悪い生活態度に対しては毅然と注意してくれる先生でした。こうして、ついにクラスの中のいじめはなくなりました。

 

いじめ問題をうやむやにせず、しっかりと対応してくれた学校には、今でも感謝しています。

 

 

仏法真理を学んでいてよかった

 

いま、元気に中学へ通う知美が、五年生のときをふり返ってこう言います。

 

「あの頃は、ハッピーエンドが来るなんて信じられなかった。でも、六年生の終わりには、『いじめてごめんね。』と言いにきてくれた子もいて、うれしかった。仏法真理を学んでいなかったら、いまの私はいなかったと思う。」

 

 信仰の力で、娘は苦しみに耐え、いじめを乗り越えて幸せな今をつかむことができました。

 

主と、法友と、娘を支えてくれたすべての人に、心からの感謝を捧げたいと思います。