自閉症のわが子が

笑顔で生きられるようになった

 

自閉症の子どもを持つお母さんが、悩みを乗り越え、

子どもの個性を輝かせていった体験です。

 

長谷川 陽子さん(仮名)(新潟県)・大志くん

 

 

「自閉症だ」なんて

 

 長男の大志が三歳になったころ、知り合いのお母さんから、「ちょっと他の子と違うわね」と言われ、私は非常に気になりました。

 大志は、保育所でいつも独りで遊んでいて、同じ年頃の子に関心を示しません。遊び方も独特で、ミニカーを直線に並べることに熱中しています。しかも、赤ちゃんの時はいつもニコニコにしていたのに、だんだん笑顔がなくなっていきました。また、三歳を過ぎても、赤ちゃん言葉しか言えませんでした。

 心配になった私は、大志を専門病院に連れて行きました。そして、さまざまな検査を受けた結果、「話せるようになるかどうかは今後の成長を見ないとわからない」と言われ、「重度の発達遅滞を伴う自閉症」と診断されたのです。

  (自閉症だなんて……)

 

どうやって育てればいいの?

 

医師の説明をうけて、私は目の前が真っ暗になりました。 それでも、「まだ可能性はあります。できるだけ子どもと一緒に過ごす時間をとってください」と医師から言われ、わらにもすがる思いでその通り実行することにしました。

 家では、ことあるごとに、大志と同じ目の高さになって話しかけました。休みの日には海や町へ連れて行っていろんな経験をさせたり、物の名前を教えたりしていきました。けれども(そのまま話さなかったらどうなるのか)と、不安でたまりませんでした。

 また、大志は外出先ではトイレに行かないというこだわりがありました。そのせいか何度も高熱を出していて、病院で調べてもらうと、トイレを我慢するあまり腎盂炎になっていたことがわかったのです。

 言葉やこだわりの問題をどうやって乗り越えればいいのか──。自閉症の本を読んでも、人に聞いても、大志にぴったり当てはまる事例がなく、毎日悩んでばかりいました。

 そんなとき、幸福の科学の精舎、総本山・未来館で当時開催されていた「知的子育て研修」を受けることにしたのです。 

 

大志の気持ちがみえてきた 

 

  研修が始まり、公案を一つひとつ考えていくと、自分がいかに焦って子育てをしていたかがわかってきました。

 (大志に話せるようになってほしい。こだわりをやめてほしい──)

 思い通りにならないことで苦しんでいた私。

 (私が悩んでいることで、大志にプレッシャーを与えていたかもしれない……。ごめんね)

 もっと明るい気持ちをもって、大志のよいところを褒めていかなくてはと思いました。

 研修の最後に、心の中で子どもと対話する瞑想をしたときのことです。目を閉じていると、大志がニコニコして、こう言ってくれました。

  「僕はお母さんが大好きだから、心配しないで。言葉はあとからいっぱい出てくるよ。僕はまだ小さいけれど、大きなことをするために生まれてきたんだよ」

 うれしくて、涙があふれてきました。

 幸福の科学では、「肉体に障害があっても霊的には完全である。魂修行のために、あえて肉体に障害のある人生を選び、生まれてくる人がいる」と説かれています。私はこのとき初めて、その教えが腑に落ちました。

 

地図好きを伸ばして、笑顔が戻った! 

 

   (大志、障害に負けないで、頑張っていこうね)

 研修を終えてから、私の心に、なんともいえない安心感が生まれ、以前のように悩むことがなくなりました。時折不安になったときは、御本尊の前でお祈りし、心を鎮めるようにしました。

 研修を受けて三ヵ月ほど経ったある日のことです。保育所からの帰り道、大志は道端の水たまりをなにげなく指さして、一言、「みず」と言いました。三歳の終わりになって、やっと物の名前を口にしてくれたのです。私は胸がいっぱいになり、「そうだね。水だね」と、何度も繰り返しました。

 すると大志は、次から次へと言葉を覚え始めました。そればかりか、外出先でもトイレに行けるようになったのです。他の子よりは遅いペースでも、大志なりに少しずつ成長しています。私はしみじみと喜びを感じました。

 (大志の好きなことを伸ばして、自信をつけさせてあげたい)

 そう思った私は、大志が道路標識や「止まれ」の表示に興味を示していることに気づきました。

 私が車や道路の絵を描いてみせると、やがて大志も自分で絵を描くようになりました。次に道路マップを見せると、熱心に眺め、国道や県道の記号を見つけて楽しんでいます。私が「地図が好き?」と聞くと、大志は「うん!」と、にっこりしました。

 私は、大志が笑顔を見せるたびに、「大志くんの魅力は笑顔だね。がんばりやさんだよね」と、ほめていきました。

 

自信を持てた大志 

 

 大志が六歳になった時、私は就学先で悩んだ末、勇気を出して市の教育委員会に働きかけ、学区内の小学校に障害児学級を設けていただきました。

 地域に住む子どもと親御さんたちが、障害児を自然に受け入れるようになってほしいと思ったからです。 

 大志は障害児学級で個別指導をうけながら、普通学級の授業にも参加しました。

 三年生になると、大志が大いに自信を持つ出来事がありました。普通学級の社会の授業参観のときに、大志は地図の問題をすらすら解くことができたのです。

 クラスの子から一目置かれたうえに、親御さんからも「すごいね」と言われ、大志はニコニコしていました。

 

子どもの成長に喜びを感じて 

 

 この春、大志は四年生になります。集団教育でも大丈夫だろうということで、四月から普通学級への進級にチャレンジすることになりました。友達とのつきあいもずいぶん楽しめるようになり「大きく成長したなあ」と思います。

 子育ては、その過程を楽しむことが大切だと思います。幸福の科学で、「人生は一冊の問題集」と説かれているように、私も子育ての問題を解きながら、大志が人に愛を与えてゆける人になることを願っています。